記録46号
その日、新宿の街とはほんのしばしのごぶさたにすぎなかったのに、カメラを手に歌舞伎町一帯をぶらつきはじめると、映る視界に一瞬の懐かしさを覚えてしまった。ほんの半年足らずで新宿の街のなにがどう変わるわけもないのに、一寸不思議な感覚といえた。とにかくぼくは写真を撮りたかったのだ。
60年まえ、上京したその日にCanon4Sbカメラでまず一枚、と写し始めた新宿駅前東口広場の1ショットに始まって、以降えんえんと撮りつないできた「新宿」という名の、ぼくにとってはかけがえのない “写真のふるさと”ぬきさしならない“写真都市”なのである。リアルで、アクチュアル、ワイルドで、エロティックな、そしてチャーミィーなラビリンス。
今号の「記録」誌は、上記のごとく新宿・歌舞伎町周辺で写したものばかりである。大阪に居た若い頃のぼくにとって、東京といえば一にも二にも銀座、有楽町、赤坂しか視野になかった。つまりその頃流行った流行歌のイメージ卋界ばかりであって、決して新宿、渋谷などではなかったのだ。ところが上京して間もなく、まるで手のひらを返すごとく新宿歌舞伎町に染められてしまったのだ。要するにぼく本来の性癖・体質にそって、どう仕様もなく新宿の虜になってしまったのだ。そしてあとはもう当然というか、なしくずしにというか、ぼくの口をついて出てくるのは、「新宿の女」「新宿ブルース」という曲になるだろう。つまり、新宿という名の街は、すべからくぼくにとって㐧二のふるさと、写真のふるさとに他ならないわけだから。
― 森山大道(本書あとがきより)
- 判型
- 280 × 210 mm
- 頁数
- 104頁
- 製本
- ソフトカバー
- 発行年
- 2021
- 言語
- 英語、日本語