記録42号
ぼくが初めて写真を写したカメラは「スタート」という名のベークライト製のおもちゃカメラだった。岡町駅(豊中市)近くの商店街の模型屋のお兄さんの口車につい乗せられて買ってしまったが、その小さな黒い箱になんとなく秘密めいたものを感じ、写す興味などないままにブツの魅力に惹かれてしまったのだ。一応カメラということなので、ほくは家に持ち帰って、さしたる思い入れもなく、庭に咲く草花や、飼犬や、隣りの畑に立つ、高く銀色に光る水道タンク、そしてタンクに沿ってつづく土手の上の白い道、縁側に座る姉と弟を撮したあたりですでに写す興味も失せてそれっきりになってしまった。小学校6年生の頃だった。
(中略)
しかるにというかところがというか、上記したあれこれの情景もなにもかもの一切が、全ていずこかへかき消えてしまっている。つまりネガもプリントもないということで、もうぼくの記憶に引っかかっているばかりである。じつにダメなやつという以外に言葉もない。ただ、ふっと思ってみると、ぼくがこれまでに写してきた数多くの写真のイメージのほとんどは、じつはかき消えてしまった光景や情景への追憶と追走ではないかという気がするのだ。つまり、性癖というか、本質は、何ひとつ変わっていないのだと。
― 森山大道 あとがきより一部抜粋
- 判型
- 280 × 210 mm
- 製本
- ソフトカバー
- 発行年
- 2019
- 言語
- 英語、日本語