記録51号
現在サンパウロの美術館でぼくの写真展が始まっている。そしてローマと北京の美術館でも展覧会の真中である。ぼくの写真が遠く離れたそれぞれの街の人々にどう見られているのかな?などと思いながら、たったいま、東京の西新宿ヨドバシカメラの街角に掛かった3メートル四方の、大きく真赤な女の唇を描いたエロティックな看板の撮影中なのだ。クチビルフェチのぼくであれば、それはもう写すしかないわけで、その一枚を写したことでぼくの気持ちにはずみがついて、この後ぼくは西口ガード付近の飲み屋街と雑沓する幾多の人を写して「記録」誌51号は西新宿で一冊を決めた。久しぶりに撮り歩く西口界隈、相も変わらぬスタンスですが果してどう見てもらえるものか?
ところで、ここのところぼくは、故・武田百合子さんが、かつて富士山麓の別荘で13年間に渡って書き記した「富士日記」を読む時間が多くなった。作者が日々の具体を懇切に記せば記すほど、記された平面が読むものに立体として映り、有りがちな情緒や感傷が一切拭い去られていて、記した人の体温がどこかユーモラスにすら伝わってくる。そして記した人が待ち過した幾多の日常という名のしたたかな時間のディテールが、途方もない叙事そのものとして、どこか言葉を越えた柔軟性を持ってしまっている。そのことはぼくに、写真というツールに在る、決定的な強靭さと柔軟さを改めて知らしめてくれた。(著者の武田百合子さんは、言うまでもなく作家の故・武田泰淳さんの奥さんであり、娘さんは写真家の武田花さんである。)
― 森山大道
- 判型
- 280 × 210 mm
- 頁数
- 104頁
- 製本
- ソフトカバー
- 発行年
- 2022
- 言語
- 英語、日本語