指と星
星の光がこの指に届く時、その光が発せられた星はどうなっているのだろうか。何千何万年の旅を終えた時、星自体はもう存在しないのだろうか。いや、思いも寄らない進化を遂げてもっと強く瞬いているのだろうか。
世界を写す写真。その写真のプリントされた紙というマテリアルを私は愛おしく思う。左手の指を紙に這わせ、右の指に持ったカッターナイフが柔らかに紙に沈んでいく。時には虫眼鏡で集光した光を当てたりもする。その時、世界が、その内包する時間や人・心までも含め私の手の中に収まるような甘い満足感に満たされる。
しかし、その傷口を施された紙を光にかざした瞬間、世界は私の手から遥かに離れる。私がぎゅっと握ったはずの世界は私の指から、決して手の届かない場所にある=星として旅立つ。しかし、そのこともまた私は満足する。なぜなら星は私の生や時間を超え、輝き続ける存在だからだ。ドローイングでもその感覚を求めるが、線は指先から私の内面にどこまでも潜り込んでいく。
2009年、私に封筒が届いた。初めて知る差出人。開封すると亡くなった彼の遺品を撮ってほしいと記された手紙が現れた。その年の12月、写真を撮った。彼は勇様であり、ミュージシャン茉莉花勇。生前彼が着用したステージ衣装を着たマネキンが彼の美意識で飾られた部屋にいた。手紙をくれた彼女がそれを横たわらせる。沈黙の中にその姿があまりに美しく、勇様を彼女を通して感じたのを覚えている。
もちろんそこには勇様はいない。彼が愛した音楽の衣装と、その美意識で構成された部屋、そして彼女がいただけだった。しかし、そこに私は勇様を感じた。もちろんそれは彼女の存在や彼の衣装が持つオーラを受けて、私が感じた気持ちの投影に過ぎない。それは星になった勇様であり、本当の勇様は全然違ったのかもしれない。しかし、私は彼の遺物であり、彼を装飾していた存在を通して感じた彼の存在はとても強く美しかった。
勇様を彼女の腕の中に見出した感覚と、写真の傷に光が宿り変容し現れる世界を見る瞬間。どちらも「現実(リアル)」ではないかもしれない。しかし、どちらも星として私に繋がり、語りかけ続けてる。常に変化し、死と誕生を繰り返す世界と人の生の波の急流の中で、この星は変わらず遠くから私を見つめ、儚い人間の伸ばした指先に光を絡ませる。
― 出版社説明文より
- 判型
- 210 × 297 mm
- 頁数
- 64頁
- 製本
- ハードカバー、ケース
- 発行年
- 2019
- 言語
- 英語、日本語