民謡山河
1978年から2年間にわたり、雑誌『日本カメラ』で連載された「民謡山河」をまとめた写真集。須田一政が故・田中雅夫氏(写真評論家)と共に「民謡・祭り」を主題に日本各地を巡り撮影した写真から、祭りという非日常性の中での人々の姿、そして日々の暮らしの中での姿が次々に浮かび上がってくる。
踊りの輪には、様々な年齢の人々が加わる。子どもから少女、妻、母、そして老婆と女性の人生が(男性も同じだけれど)繰り広げられているようだ。まるで輪廻転生走馬灯である。その姿に、亡くした子を想い、妻を想い、母を重ねる人がいても不思議はない。祭りの夜の感慨は、想像を超える深さと哀しみを含んでいるのである。
バシュラールの「水と夢」という作品の中に「夢の中で見た風景でなければ、人は美的情熱をもって眺めないものだ」という一節がある。
祭りの後、「夢のようだった」とは言い古された感想なのだが、こう考えると、祭りに関する思い出の数々がとびぬけて美しく人の心に残るのも、現実を離れた時間のなせる所以なのかも知れない。
祭りがどこであれ、必ず写っているものがある。祭りの向こう側にある見えないもの。若い頃は一方的に見る側に立ち、向こう側を「撮り押さえていた」筈の自分が、60歳半ばを過ぎ、それらの写真からかつて抱くことのなかったあふれる想いを受け取っている。そして私もまた輪踊りの中の1人なのだと初めて気づかされる。向こう側は私の中にあるのだ。旅の余韻は30年の時を経て今の私を突き動かしているのである。
― 須田一政「祭りの向こうに」(2007年1月)より抜粋
- 判型
- 260 × 195 mm
- 頁数
- 205頁
- 製本
- ソフトカバー
- 発行年
- 2007