And, do you still hear the peacocks?

And, do you still hear the peacocks?

梶岡美穂

出版社:居場所The (M)éditions

事故のすぐあと、避難区域にクジャクが残されていることを知った。
美しい羽を広げて 空っぽの町を歩くクジャクの姿を想像した。

2011年3月11日、東京ミッドタウンで取材をしていたとき、震災が起きた。ブラジルのテレビ局の東京支局で報道の仕事をしていた私はすぐに東北へ向かった。2日後、福島のいわき市に到着。私にとって初めての東北は空爆の後のようだった。突然終わってしまった会ったこともない人たちの日常が、がれきの破片になって散らばっていた。戸惑いながらも、あまりのことに涙は出なかった。ただ淡々といつか人には終わりがやってくること、そしてそれはいつやって来るのかわからないことを、初めて本当の意味で理解した、と思う。

震災が起き、私はアートに戻った。

19歳のときにサンフランシスコの美大San Francisco Art Instituteで絵画と写真を勉強し始めたとき、自分の中で「カチッ」という音がした。それはアートに出会ったことでやっと自分の人生が始まったスイッチ音だった。美大での毎日は本当に充実していた。だけど、どんなに技術が上達しても満足いく作品をつくるには何かが足りなかった。そのころの私には自分の奥にいる野獣の叫び声のようなものがなかった。漠然と、だけどはっきりと、私はその叫び声が聞こえるのを待たなきゃいけないことがわかっていた。

だから25歳で日本に帰国した時、まずは人生、そして世界を学ぶ必要があると思いアートを休むことにした。約1年ごとに仕事を変えながら、いろんな職を転々とし、いろんな人と会い、いろんな国へ旅行するうちに、いつの間にか報道の仕事に落ち着いていた。東日本大震災が起きるまで10年以上この仕事を続けた。アートから離れていることは悔しくて悲しかったけど、自分でも驚くほどはっきりとアートに戻る「その時」はきっとやってくるとわかってた。

東日本大震災から1ヶ月以上も東京には戻れずに取材した。その後も毎週のように被災地を訪れては、いろんなものを見、聞き、感じた。だけどそこで私が伝えたいと思ったことはテレビのニュースには不向きだった。フラストレーションを感じていた頃、釜石市で瓦礫の中に咲くバラの花を見つけた。たくさんの方が亡くなった町の倒壊したお家のお庭で、暖かくなったからと前の年と同じように咲いていたその無邪気なバラの美しさに心が震えた。人間の理性とか建前とかを超えたその美しさが「アートに戻る時がきたよ」と教えてくれた。やっと私の中から「ガオー」という叫び声が聞こえた。

それからもニュースの取材で被災地へ、特に福島へは何度も行った。福島で起きていたことはあまりにも大きくて消化しきれなかった。内容はいつも切なく重い話題で、取材の後には凹んでしまった。だけどだからこそ普段は見過ごしてしまうような小さな美しさや優しさやユーモアが心に染みた。それらは私の目には希望として映った。まだ希望とも呼べないような、希望の予感のような儚いものだったけど、私が伝えたいと思ったのはそういうカケラたちだった。ドキュメンタリーとしてではなく、それらのカケラが私を通して形になったものを伝えたかった。楽器になった私を通ってカケラたちが美しい音楽になるように。

震災の翌月の4月、原発から20キロ圏内を取材していたとき、誰もいない空っぽの町に春の花が咲き乱れていた。
「百花、春至って誰がためにか開く」
誰も見てくれる人がいなくても美しく咲いている花を見てこの禅語を思い出した。何ヶ月もこの言葉と春の花の風景が私の頭をぐるぐる回っていた。そのうち、この問いも答えも両方、私にとってはアートなんだと納得することができた。あれから10年以上、がむしゃらに作品をつくってきた。

去年久しぶりに東北に行った。「8月このビーチにだれもいないのを見るのははじめて」と言った、この写真集に何度も出てくるみずきちゃんに会いに行った。彼女は福島に戻り、南相馬で旦那さんといっしょに酒造りを始めていて、そのご縁で仁井田本家さんはじめ、いろんな方達と出会えた。たくさんの切ない取材をしたあの福島で、10年後にあんなに楽しく幸せな時が過ごせるなんて・・・。ときに現実は想像の世界でも考えられないようなファンタジーを見せてくれる。

この本は私にとってレクイエム。
10年前に初めて東北に行ってから新しいチャプターが始まった。東京を離れ、アートに戻り・・・そしてこの本の完成でこのチャプターも終わり、また新しいチャプターが始まる。
それでもきっと、これからも私にはクジャクの声が聞こえ続けると思う。

― 2022年1月11日 パリにて 梶岡美穂

$203.46

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判型
255 × 255 mm
頁数
48頁、掲載作品62点
製本
ハードカバー
発行年
2022
言語
英語、日本語、フランス語
エディション
500

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