よもぎ草子 あなたはだれですか
よくとおる通学路沿いに、ある日、いっぽんの草が、ひょっこりと顔をだした。
梅雨にはいってまもないころで、草はすくすくそだち、見るたびに、成長していた。
わたしはその道を、まいにち、朝、夕、とおりながら、草の生長を見まもるのが、
日に日に、楽しみになっていった。
地中に根をはやし、自分ではいっぽも動けず、ずっとおなじ場所に生きている草は、
どんな風景を見ているのだろう、と思った。
カメラを、草の背丈にあわせ、地べたすれすれのところにかまえ、
ファインダーをのぞいてみた。
草は、正方形のファインダーのなかにおさまり、見られるなかで、見ていた。
その草の名は、ヒメムカシヨモギ。
その、ヒメムカシヨモギに出会ってからは、まわりにひっそりと自生する草たちの姿も、
目がとまるようになった。
梅雨から夏にかけて、わたしはそれらの小さな存在に出会うために、いくつもの道へと出かけていった。
しばらくして、ヒメムカシヨモギがたおれているのに気づいた。わたしは、そのありのままの姿を、撮りつづけた。
そして、ある朝、ヒメムカシヨモギは、跡形もなく消えていた。
短い間だったが、その草は、一生を全うし、わたしは、その生まれかわりを探すかのように、
いまもなお、いくつもの道で、さまざまなヒメムカシヨモギの姿に、目をうばわれる。
だれもしらない、わたしだけの記憶――その記憶は、ときに幻のようで、
あの暑かった夏の陽ざしのなかに溶けてしまいそうだが、密会のように続いた、ふたりの会話が、証拠のように、くっきりとフィルムに刻まれている。
―ミーヨン、収録テキストより
- 判型
- 210 × 210 × 9 mm
- 頁数
- 72頁
- 製本
- ソフトカバー、透明ビニールケース入
- 発行年
- 2014