Tokyo Silence
新作『Tokyo Silence』は2003年から2006年にかけて東京の街角で撮影したストリートスナップを集めた作品集である。この本で私は、東京の街角に満ちる「奇妙な静寂」を視覚化したいと思った。世界で最もノイジーな街のひとつ、東京。だが私にとってこの街は、世界で最も深閑とした都会なのである。
今からそう遠くない昔、私は中国への旅に夢中だった。街に溢れかえる群衆の熱気とざわめき、灰色の空に反響し続けるカークラクション、いつもどこかで始終何かをがなり立てている大音量のラウドスピーカー。中国の街が醸す猥雑さを私は愛した。そこにはしっかりと目に見える人間の営みがあった。
中国のノイズに慣れきった私の耳に、東京の街は妙にひっそりと感じられた。東京はなんでこんなに静かな街なんだろう――中国から帰国するたびに不思議に思ったことを覚えている。電車の中で話をする人は誰もいないし、通りを大声でわめき歩く人もいない。確かに東京もノイズに満ちた都市のひとつに違いない。だが、中国のノイズと東京のノイズは本質的に何かが違う。東京のノイズは店先のBGMや大型スクリーンに配信された動画広告の音声がそのほとんどだ。もしこれらの音が東京じゅうで一斉にミュートされたら? 私は思う。東京はそのとききっと、真夜中の水族館のような沈黙の風景を我々に露呈するに違いない。
この静けさはいったいどこからくるのだろう――そんな考えがおそらくきっかけだったのだと思う。ライカにモノクロフィルムを詰めて私は東京のストリートを歩き始めた。この街の内部に深く染み込んだ静寂を写真で視覚化したいと思いながら。
― 小川康博
- 判型
- 256 × 229 mm
- 頁数
- 96頁、掲載作品59点
- 製本
- ハードカバー
- 発行年
- 2022
- 言語
- 英語、日本語
- エディション
- 800
- ISBN
- 978-4-909442-28-4