Into the Gray
2020年1月11日、私は空を覆い尽くす灰色の中にいた。
オーストラリアは2019年9月から2020年2月にかけて南東部を中心に過去に類を見ないほどの大規模な森林火災に見舞われた。
森は焼け落ち、見渡す限り遥か遠くまで真っ黒な木々が立ち並ぶ。人も動物の気配も無い。静まり返った森の奥から、焦げた香りだけが風に運ばれてくる。川の水は焼け焦げた炭の蓄積で黒く濁って流れている。
森の中に続く長い一本道はまるで違う世界へ誘う導線のようだった。
真っ黒な木々と灰色の空との綺麗なコントラスト。焼け焦げた木々の幹のデティールは魚の鱗のように黒く綺麗に輝く。川に映り込んだ黒い木々の幻想的な波紋。
全て色が抜け落ちた世界。
それらの光景は絶え間なく森林を燃やし続け、世界の終わりを迎えるような真っ赤に燃え上がる炎の光景でもなければ、雨が降り炎が鎮火し青空を迎えるような光景でもない。
私が目にした光景は、火災が鎮火に向かいつつある中でのほんの短い期間に過ぎない。しかしその光景のどれもが私の目にはとても美しくも見えてしまった。
今回の森林火災では小さな町や村まで火の手が押し寄せ、たくさんの家などを焼失させた。
訪問中に出会った家族は火災当時のことを私に話してくれた。
『電信柱は燃え、電気は止まってしまった。火は私達が住む家の庭まで押し寄せ、家に火が燃え移らないように家族みんなでホースやバケツで水を何時間にも渡り撒いていた。ここに住んで半世紀になるが、火がこれ程近くまで来たのは一度もない経験だった。自然と共に暮らしているが、火がこんなにも私たちの生活エリアまで脅かしてくるとは思ってもいなかった』
私が過ごした灰色の中の光景は、再びその地を訪れる頃には青空を迎えていた。幹からは青々とした新緑が芽生え、人々も元の暮らしを取り戻すよう呼吸をしていた。
しかし失われたものも確かに存在している。
今も尚世界の何処かでは都市開発のために森林は伐採され、経済発展のために大気中の二酸化炭素は増加している。暮らしの豊かさの先には代償があるのだ。そしてその代償は発展とは程遠い大自然の森や自然と近い距離で暮らしている人々に降りかかる。
私が美しいと感じてしまった灰色の中に幾つの色が隠されているのか私自身も知らないままでいる。
色を失った世界でさえも自然はこうも美しさを私達に見せてくれるのだろうか。
― 柏田テツヲ
- 判型
- 265 × 210 mm
- 頁数
- 128頁
- 製本
- ハードカバー
- 発行年
- 2021
- 言語
- 英語、日本語
- エディション
- 400