DANCE
深く想像することと現実とが交わり、
克明に、親密に描き出される、
名前のない世界。
**いくつものサークルが大きなサークルと響き合い、
混沌から浮かびあがる貌は、唯一にして始原的なイメージとなる。
「BIRTH」から3年、澁谷征司、最新写真集。**
ふしぎな『DANCE』によせて
僕はこの本を作るために、まず今まで撮った写真全部から選びたいと思いました。
だからごく最近のものもあるし、撮ったことすら忘れていたものもあります。
もちろん『BIRTH』の写真は除くわけだけど、それでもたいへんな量でした。
写真が新しい束となり、べつの表情や連なりを見せてくれるのはとてもたのしい。
僕が写真を撮る時にまず考えるのは、どこにその被写体の正面があるのかということです。
どこから撮れば見る人にものの有り様が伝わるのか。できることならより正確に、より親密に伝えたい。
それは決して情報をきちんと伝えたいということではありません。
ものごとに目を凝らし克明に捉えること。
その行為の前ではその写真に写っているものが何であるのかはほとんど意味をなしません。
なぜなら写っている物とは別の何かが立ちあがってくるからです。
目で世界を見ることと、写真で世界を見ることのちがい。そこに僕はユーモアや希望のかけらを感じます。
克明であるといってもそれはくっきり写っているとか、細かく写っているとか、そういうことではありません。
ものごとの形や色にさわり、混沌を鮮明に描き、意味も構造も家柄も血液型も気にせずに向き合ってみる。
そうやって見渡した世界に使い古されたイメージやあらかじめついている名前は必要ないのではないかと僕は思います。
深く想像すること。目の前の現実に素足を浸しながら世界を像に結合する。
想像力をもってしか僕らの現実は立ち上がってこない。
扉を開けると、世界は明るくはてしない。いつも通りでなんだか吹き出しそうだ。
まだ名前のついていない新芽が青々と顔を出し始めるとき、まぶしい空をかもめたちが行き交うように、
きみのほほに笑みをたたえて。
2010.11 澁谷征司
象のダンス あるいは即興と構築
文=畑中章宏
澁谷征司の『DANCE』は彼にとって2冊目の写真集になる。
1冊目の『BIRTH』はさまざまな仕事の機会に撮影された写真を、チャプターごとに再編集したものであったが、あたかも古典時代のピアノ組曲を思わせるような緊密で隙のない構成であった。柔らかな光と空気の揺らめきをつなぎとめた澁谷の写真群を、より構築的に印象づけたのは、アートディレクションを務めた近藤一弥の手腕によるところも大きかったかもしれない。
そして『DANCE』のほうはと言うと、構築性という点では共通しているものの、見る人の感情をざわめかせるような流動性に満ち溢れている、と私は思う。
『DANCE』というタイトルからの連想で言えば、流動性は舞踏性と言い換えることができるだろう。澁谷本人によると、マティスの「ダンス」のイメージがどこかで谺しているようだが、私の脳裏に最初に浮かんだのは、松浦寿輝の「ウサギのダンス」だった。
「にんげんとりわけ女と禿頭の男を避ける季節がつづいた 悪が輝く冬の内部を歩いては 乾いたちいさなものやむごたらしいものに目をとめ 枯れた水の過去や骨だらけのしかばねについて瞑想する日々がつづいた......」
ただし澁谷の『DANCE』の巻頭で踊るのは、「ウサギ」の何十倍もの重さを誇る「象」のダンスなのである。「タラッタラッタラッタ」と軽快なダンスではなく、「ドシンドシン」という音が聴こえるような、象の舞踏。しかしそのステップは意外とリズミカルな愉悦感にも満ちている。だが、滑らかに踊り始めたはずの写真集は、不意打ちのようなイメージで見るものを戸惑わせ、躓かせるのだ。
リアルな生や死、あるいは写真家にとってプライヴェートな出来事と推測されるイメージが挟み込まれことで、『BIRTH』とは異なる、不穏な世界に私たちは連れていかれる。澁谷ならではの「柔らかな光と空気の揺らめき」を感じさせる写真を基調とした構築性が、溢れ出す感情を表出する、無意識の即興によってさえぎられると言ってもいいかもしれない。
古典主義時代の組曲やソナタに対して、バロック時代の組曲やソナタやパルティータは、楽譜にはない即興によってはじめて演奏が成立するものだった。また組曲を構成するのは、舞曲であることが決まりなのである。「アルマンド」「サラバンド」「ガヴォット」「サラバンド」「メヌエット」「ブーレ」といった、ヨーロッパから中東におよぶ地域に源をもつ舞曲が、演奏家の魂の発露である即興で彩られていく。
老人のデスマスク、禿げた中年の男、海辺の絞首台のようなもの、砂にまみれた人形、女性の下腹部といった表象。そして繰り返し現れる、燃え盛る火とフェンス越しの葡萄棚。澁谷のダンスは決して華麗なものでなく、さまざまなものがぶつかりながら美の際でかろうじて踏みとどまる、恐るべきダンスなのだ。
葡萄棚の写真の一枚を全面にデザインした表紙は、見た目の美しさとは裏腹に、ざらざらとした手触りを感じさせる。表層的な美を超えて、澁谷征司はある覚悟と核心をもって、新たな世界に踏み出そうとしているのだろう。
(はたなか・あきひろ 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員)
- 判型
- 285 × 300 mm
- 頁数
- 172頁
- 製本
- ソフトカバー
- アートディレクション
- 近藤一弥
- 発行年
- 2010