糸をつむぐ

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糸をつむぐ

高橋宗正

出版社:VERO

海沿いを走る車の中で「水に浮くもの」を撮ったらいいと友人は言った。
それは具体的に何を撮ればいいのか彼に聞いたのだけど、なんとなく思いついただけ、とのことだった。
「そのうち撮ってみようかな」と僕は答えた。

2011年、僕は山元町という小さな町で、津波に流された写真を洗浄して返却するボランティアに関わっていた。
そこには本当にたくさんの家族写真があった。旅行の思い出だったり、婚礼写真だったり、子供の成長記録だった。
約75万枚の写真にはそれぞれの記憶があったはずだ。それらの写真は、水の中でゆっくりとバクテリアに侵食されていた。

彼とはそのボランティアをきっかけに知り合った。
津波の大きな被害にあった町で生まれ育った彼の言う「水に浮くもの」という言葉は、多くのものを想像させた。

その後も活動は続き、約45万枚が持ち主の元に返った。
同時にダメージが酷く、処分されてしまいそうな写真も多くあった。
僕と彼はLost & Found projectを立ち上げ、そういった行き場のない写真を被災地に来れない人たちに見てもらう活動を始めた。

一緒に展示をしようと声をかけてもらい、様々な国の色々な場所に行くことになった。
国籍や性別や世代に関わらず展示された写真を見る人は、ダメージによって失われたイメージを自分の記憶で補完しながら写真と向き合っているようだった。
その間も「水に浮くもの」が頭の片隅にはあったけれど、何を撮ればいいのか思いつかず手を付けられずにいた。
それから1年ほどして、彼は死んでしまった。
そんなおかしいことはないと思った。そしてしばらくその約束は忘れていた。

それから何年か経ったある日、知人の安産祈願に山の上にある神社にお参りに行くことにした。
少し冷たい空気の中、階段をずっと登った山門の脇に大きな水瓶があり、表面張力のギリギリまで透明な水で満たされていた。
そこには賽銭が投げられていて、多くは水の底に青く見え、何枚かのコインは水面に浮いて銀色に光っていた。
その水面の光を見たとき、撮るタイミングが来たんだということがわかった。

「水に浮くもの」とは結局なんだろうか、と考えながら被写体を探してきた。
そうしているうちに結婚をすることになり、1年くらいすると子供が生まれた。
震災の時たくさん洗った家族写真を、今度は自分が撮ることになった。
結婚、出産、子育て。
新しい写真が加わるたびに、今まで撮ったものとくっついて全体の意味合いを少しずつ変えていった。

写真はいくつかの時間を跨いでいく、その中で忘れられたり思い出されたりしていく。
振り返るたび、繋がったり途切れたりして、物語が紡がれていく。

「水に浮くもの」をいつか撮ってみるよと答えたときには、まさか巡り巡って自分の子供を撮ることにつながっていくとは思いもしなかった。
そして今では8年前の彼の言葉も、これまでと違った意味で聞こえてくる。

― 高橋宗正「糸をつむぐ」

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$35.59

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判型
235 × 190 mm
頁数
84頁
製本
ソフトカバー
発行年
2021
言語
英語、日本語
エディション
700

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