猫が…

「見られているな」と感じて

肌寒い雨の夜、友だちが泊まり にやって来た。薄明かりの中に沈黙が漂い、頭の上からじわじわと重苦しい長い夜の予感がひろがりはじめる。なぜか真っ正面から友だちを凝視することに一種 のもどかしさ、うとましさ、いらだたしさを感じる。いつでも逃げ出せる。絶対にここではないと思い始めた時、不思議に私の内部で何かが溶解をはじめ、たとえば女の部屋に飼われた猫とか、台所に住みついた虫の視点に、ふと近づいたような気分がしてくる。

暗闇の中で、または、まばゆい陽光の下で、突然「見られているな」と何かの視線を感じることがある。それは決して人間の視線だけとは限らない。得体のしれな い他者の視線が、私自身に、確かにまつわりついているのではないかと思い続ける。それは結局、自分で自分自身を見つめていること、私自身にこだわっている ことの逆説にほかならないのである。

私は、私が女であることを放棄して写真を撮ったところで、それは私にとって何のリアリティも持たないと思う。それは、ことさら女を意識して写真を撮るという意味では決してなく、生まれた時から男が男であるように、私が女であるということからしか、何も始まらないということだ。

― 西村多美子、「カメラ毎日」8月号/1970年/毎日新聞社より

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判型
192 x 240 mm
頁数
64頁、掲載作品43点
言語
日本語、英語
製本
ハードカバー
発行日
2015
エディション
700

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