竹の子族

竹の子族

渋谷典子

出版社:Area Books

1976年から1982年まで、森山大道、北島敬三とともに、日本初のインディペンデント写真ギャラリーのひとつであるCAMPギャラリーに女性写真家として初めて参加した渋谷典子。1979年から1982年まで毎週日曜日、渋谷は原宿歩行者天国周辺で踊る「竹の子族」を撮影した。

「写真家・渋谷典子さんが、この度パリの“Area Books”から刊行された写真集「竹の子族」には、彼女がこれまでに写した様々なスナップ写真の実際と要素と、そして極めてリアリスティックな視線と視点が余すところなく撮り写されている。ここには、1980年代初頭に在った多くの若者たちによる特異な都市文化の様相が、単なる流行、風俗にとどまらない先鋭的現象となってインパクトを持って見事に記録・表現されている。渋谷典子さんは、まさに写真家として、優れたヒューマンインタレストその人である」
― 森山大道

1979年〜1982年の毎週日曜日、原宿歩行者天国で踊る「竹の子族」を撮影しました。「竹の子族」とは、原宿のオリンピック道路で、色鮮やかな衣装を着て、ディスコミュージックやYMOの「ライディーン」などの音楽を、カセットデッキで大音量にかけ、踊っていた若者たちのことを言います。1981年のピーク時の新聞に、「竹の子族が100グループで4000人、横で踊るロックンローラーが3000人、1日のギャラリーが10万人」という記事がありました。1979年、原宿竹下通りにある「ブティック竹の子」で販売していたハーレムスーツのような衣装を着た若者たちが踊りだしたのがきっかけでしたが、次第に自分たちでも作るようになり、踊りの振り付けも自分たちで創作し、誰よりも目立ちたい、注目を浴びたいという気持ちで、精一杯自己表現をしていました。観光地にもなり、ギャラリーも全国から訪れ、海外からの取材もありました。竹の子族、ロックンローラー、ギャラリーの熱気で、そのあたり一帯はエネルギーが充満していました。次第にグループ数が減り、少人数になりますが1989年まで原宿での路上パフォーマンスは続きました。この写真集で、1980年代の日本に、とてもキラキラした若者たちが居たことを伝えることができて、嬉しいです。

― 渋谷典子(本書収録「日曜日のヒーローたち」より)

― 出版社説明文より

キーワード: 東京

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