「Sakiko Nomura: Ango」朗読会
bookshop Mより小説家・坂口安吾の短編小説「戦争と一人の女」に、野村佐紀子が撮影した写真作品を加えた書物「Sakiko Nomura: Ango」の発売に伴い、Vienna Photobook Festivalで6月11日(日)の17時から朗読会を開催いたします。
Lesung »Sakiko Nomura: Ango«
Beginn: Sonntag, den 11. Juni um 17:00 Uhr
Veranstaltungsort: Expedithalle der Brotfabrik Wien (Absberggasse 27)
Eintritt: 5 Euro Eintritt zum Vienna Photo Book Festival
Sakiko Nomura: Angoについて
戦争に対する態度
(あとがきより)
本書は、坂口安吾の短編小説『戦争と一人の女』【無削除版】に、野村佐紀子が撮影した写真作品を加え、新たに編集し造本した“ 書物” である。
1938(昭和13)年、僕の父は満洲国営えいこう口に生れた。1945(昭和20)年、日本の敗戦によって満州国は崩壊し、父と家族たちは生活の拠り所を失った。1946(昭和21)年、彼らは内地へ向かう船の出る葫蘆島にやっとのことでたどり着き、博多港に引揚げてきた。
父は、自らが引揚げてきた時と同じ8歳になった僕を、当時住んでいた横浜から東京まで丸々半日を使って歩かせた。僕の弟が8歳になった時には、博多港に連れて行った。僕も弟もその時の記憶は曖昧だ。だから父が引揚げてきた時の記憶も曖昧なはずだ。だがそこには、僕の近くに戦争はなくても、戦争に対する父の“ 態度” があった。記憶が曖昧だった父もきっと、僕が父の戦争に対する態度に接したのと同じように、当時、誰かの戦争に対する“ 態度” に接していたはずだ。
1913(大正2)年、野村佐紀子の祖母は大分県玖珠郡で生れた。1935(昭和10)年、満洲国哈爾濱へ入植。1945(昭和20)年、日本の敗戦によって満州国は崩壊し、彼女と家族たちは生活の拠り所を失った。1946(昭和21)年、彼女らは内地へ向かう船の出る葫蘆島にやっとのことでたどり着き、博多港に引揚げてきた。
僕の父と、野村佐紀子の祖母は、満州国から引揚げてくるまでの時間をある程度共有している。だから僕と同じように、佐紀子の近くに戦争はなくても、戦争に対する祖母の“ 態度” があったと思う。ただ、僕と異なるのは、佐紀子の祖母が引揚げてきた時には、すでに33歳になっていたということだ。佐紀子の祖母の記憶は、僕の父のように曖昧ではなかったはずだ。
坂口安吾の『戦争と一人の女』は、そんな僕の父と、野村佐紀子の祖母が、満洲国から引揚げてきた年と同じ1946(昭和21)年に発表された。
安吾、40歳の時だった。
僕と野村佐紀子の近くに“ 戦争” はない、はずだった。戦争に対する“ 態度” が残っている、だけのはずだった。しかし僕は現在、世界のようすが、おかしくなっていると全身で感じている。戦争に対する残された態度ではなく、戦争自体が僕たちの近くにいる気がしてならないのだ。だから現在、僕はこの『戦争と一人の女』を文化が異なる国の言語にも翻訳し、世界に向けて発表することにした。
辞書で「態度」という言葉を引いてみた。
“情況に対応して自己の感情や意志を外形に表したもの。表情・身ぶり・言葉つきなど。また、事物に対する固定的な心のかまえ・考え方・行動傾向をも指す。(岩波書店/広辞苑 第六版/2008年1月11日発行)” と、記されていた。
言葉で戦争に対する“ 態度” を残した坂口安吾は、『戦争と一人の女』の最後をこう締めくくっている。
“ 戦争は終ったのか、と、野村は女の肢体をむさぼり眺めながら、ますますつめたく冴さえわたるように考えつづけた。”
僕の父は、生きている。昨年、野村佐紀子の祖母は102歳で亡くなった。佐紀子はまだ、祖母の遺品を整理できていない。ますますつめたく冴えわたるように考えつづけよう。せっかく僕たちの近くには、戦争に対する“ 態度” がしっかりと残っているのだから。
本書を刊行するにあたり、多大なるご理解と惜しみないお力添えをいただいたマーク・ピアソンさんと大西洋さん、また、英語版と独語版では、安吾の極端な言葉づかいを見事に翻訳してくれたロバート・ツェツシェさんに深謝いたします。
そして、なによりも僕に“ますますつめたく冴えわたるように考えつづける” ことを教えてくれた坂口安吾さんと、腱鞘炎になりながらも暗室作業に没頭し、素晴らしい写真作品を快く提供してくれた同志!! 野村佐紀子さんに、深く深く感謝いたします。
町口 覚
プロフィール
坂口安吾(さかぐち・あんご)/小説家
1906年新潟市西大畑町生れ。本名は炳五。幼稚園の頃より不登校になり、餓鬼大将として悪戯のかぎりを尽くす。1926年、求道への憧れが強まり、東洋大学印度哲学科に入学するも、過酷な修行の末、悟りを放棄する。1930年、友人らと同人雑誌「言葉」を創刊、翌年6月に発表した「風博士」を牧野信一に絶賛され、文壇の注目を浴びる。その後、「紫大納言」(1939年)などの佳作を発表する一方、世評的には不遇の時代が続いたが、1946年、戦後の本質を鋭く把握洞察した「堕落論」、「白痴」の発表により、一躍人気作家として表舞台に躍り出る。戦後世相を反映した小説やエッセイ、探偵小説、歴史研究など、多彩な執筆活動を展開する一方、国税局と争ったり、競輪の不正事件を告発したりと、実生活でも世間の注目を浴び続けた。1955年2月17日、脳溢血により急死。享年48歳。主な小説に「真珠」「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」など。
野村佐紀子(のむら・さきこ)/写真家
1967年山口県下関市生れ。1990年九州産業大学芸術学部写真学科卒業後、翌年より荒木経惟に師事する。1993年初の個展「針のない時計」を開催以降、東京を中心にヨーロッパ、アジアでも精力的に個展・グループ展を行い高い評価を得ている。2013年、写真集『NUDE/A ROOM/FLOWERS』でさがみは
ら写真新人奨励賞受賞。2015年、フランスにて開催された日本人アーティスト8名によるグループ展「AnotherLanguage」展(アルル国際写真フェスティバル)に出展、世界中の人々より称賛される。2017年、写真集『もうひとつの黒闇 Another Black Darkness』で写真の町東川賞新人作家賞受賞。現在、今後の活躍がもっとも期待される写真家のひとり。主な写真集に『裸の時間』(97)『愛の時間』(00)『黒猫』(02)『夜間飛行』『黒闇』(08)など。
町口覚(まちぐち・さとし)/グラフィックデザイナー、パブリッシャー
1971年東京都生れ。デザイン事務所「マッチアンドカンパニー」主宰。森山大道、蜷川実花、大森克己、佐内正史、野村佐紀子、荒木経惟などの写真集をはじめ、映画・演劇・展覧会のグラフィックデザイン、文芸作品の装丁などを幅広く手掛け、常に表現者たちと徹底的に向き合い、独自の姿勢でものづくりに取り組んでいる。2005年、自ら写真集を出版・流通させることに挑戦するため、写真集レーベル「M」を立ち上げると同時に、写真集販売会社「bookshop M」を設立。2008年より世界最大級の写真の祭典「PARISPHOTO」にも出展しつづけ、世界を視野に“日本の写真集の可能性”を追求している。2009年・2015年に造本装幀コンクール経済産業大臣賞、2014年東京TDC賞など国内外の受賞多数。
»Sakiko Nomura: Ango«
- 言葉:坂口安吾
- 写真:野村佐紀子
- 造本:町口覚
- 翻訳:ロバート・ツェツシェ
- プロジェクトディレクター:大西洋
- 判型:150 x 213mm(A5判変型)
- 頁数:204頁
- 写真点数:69点
- 上製捻本
- 発行元:bookshop M
- 発売元:shashasha
-
本体価格:5,800円+税
- ISBN 978-4-908647-04-8 (deutsche Ausgabe)
- ISBN 978-4-908647-06-2 (englische Ausgabe)
- ISBN 978-4-908647-05-5 (japanische Ausgabe)