濵本奏 インタビュー “midday ghost”
繊細な記憶、心情を写し出したかのようなポートレートやランドスケープ。全ての被写体は日常の風景でありながら、非現実で白昼夢のような作品群。2000年生まれの新進作家・濵本奏に、shashashaでも好評の『midday ghost』の作品世界から新作、自身の好きな写真集まで、お話を伺いました。
shashasha (以下、sha):現在日本全国をツアーで回っていらっしゃるかと思いますが、各地の展覧会での反応はいかがですか?
濵本奏(以下、濵本):今回の巡回展では、日本各地の本屋さんの場所性を生かした展開をしました。
額装作品、ライトボックス作品、コンビニプリントの写真など、さまざまな要素を展示ごとに再構成しました。
特に、ライトボックスを用いたインスタレーション作品が皆さんの目を引いたようで、多くの反響をいただけて嬉しかったです。
sha:「写真集は写真の最終点だ」と考える方もいらっしゃいます。濵本さんはご自身の写真をインスタレーションやオンライン、展覧会等、色々な形で発表していらっしゃいますが、展覧会やインスタレーションと写真集の違いはありますか?どのような違いでしょうか?
濵本:「写真集は写真の最終点だ」とは思いません。
私は、物質としての写真を用いて、展示空間をつくることをゴールとして活動してきました。
写真を始めた頃から、SNS上で作品を発表して完結している世の中に対し、怒りのようなものがありました。
その危機感や怒りが、コロナ禍に流行した"オンライン展示"なるものにより、一層強まりました。
だからこそ、今夏東京での個展2会場同時開催や全国巡回展を決行しました。
それぞれの作品のコンセプト・展示構成に合ったアウトプットの方法を考えることがとても楽しいです。
紙への出力だけではなく、アクリル板に印刷して内照式ボックス型の作品を制作したり、海で拾った漂流物に写真をプリントしたりしています。
また、展示空間の構成として、会場で流す音響も自分で制作しています。
2会場同時開催の展示では、それぞれの会場でもう片方の会場の音声流すという試みもしました。
私が思う、写真集の大きな特長は、私の手を離れて私が見れない景色をも見ることができるということです。
買ってくださった方のお家の中で、その方の生活に溶けこむ様子を想像すると不思議な気持ちになります。
見る時間や場所、見る人の心情によって写真の見え方が変化するという点も写真集の特長だと思います。
逆に、写真集と展示には、奥行きがあるという共通点があると思います。
「midday ghost」の多くの白ページを、「長い廊下を歩いている途中で、幽霊に出会うようだ」と言ってくれた方がいました。
平面的であると考えられやすい写真集という媒体の中で、いかに奥行きを生ませるかということを考えていたので、嬉しかったです。
sha:本という形で作品を発表したかった理由はありますか?
濵本:コロナによる移動制限の影響は大きいです。
日頃からよく写真集を買いますが、自分が見たことのない景色に出会わせくれる写真集には大きな魅力を感じます。
写真集とは、世界だけでなく時間・次元・生死の境など様々な境界を越えた旅をすることが可能なツールだと思います。
sha:スマホ等で若い頃から常に写真を撮ることは当たり前な世代に属していらっしゃると思いますが、どうしてわざわざフィルムカメラで作品と呼べる写真を撮ろうと思い始めましたか?スマホと何か違いはありますか?
濵本:フィルム写真の、見たままに写らないという点に魅力を感じています。
写真に出会ってすぐ、マニュアルのフィルム一眼カメラを買いました。
操作がまったく分からないまま撮影をして、自分でも予測できなかった像に出会えたことが楽しくて、いまだに絞りやシャッタースピードの設定がグチャグチャのまま撮影することがあります。
壊れたチェキも同じで、現実の視界では絶対に起こり得ないボケ方をするというところにワクワクします。
一方、最近発表した「vanising point」という作品は、全ての写真をスマホで撮影しています。
スマホに拡大鏡を取り付け、既存の写真を複写するというものなのですが、拡大鏡で画角を探しながらシャッターを押す感覚がフィルムカメラで撮影するときの感覚に似ています。
この作品は、スマホで撮影したのち、すぐにプリントアウトして、壁面に貼るというところまでやって完結するものです。
撮影にどのツールを用いるにせよ、三次元上で空間をつくるというところまでやりたいです。
sha:「midday ghost」は壊れたカメラ等で撮影されており、フィルム特有の不完全性をうまく利用して雰囲気やテーマを描き出していると感じました。濵本さんにとって「不完全」や「異常」はどういう役割でしょうか?
濵本:顔がうまく写らないポートレート作品に関して、
表情が見えないことによる誰なのかがわからない匿名性と、服装や髪型から読み取れるその人の個性のバランスが面白いと思っています。
以前より、被写体の自意識のようなものを排除した正体のポートレート写真を撮りたいと思っていました。
目線が判らないことにより、自意識がないように見える友人の姿が、うっかり写ってしまった幽霊のように見えて気に入っています。
また、私は高校生の頃から「記憶」をテーマに作品を制作しています。
記憶とは、「不完全」や「異常」なものであり、完全なものではありません。写真にも同じことが言えると思っています。
前提として、写真は過去のものしか写せませんし。
いつの間にか変容したり消失したりしている記憶の形は、うまく写らないフィルム写真に似ていると考えています。
sha:「midday ghost」に出ている人々のポートレートの顔はブレています。どうして体の他の部分ではなく「顔」をブレさせることにしましたか? 本に出てくる人々は濵本さんにとって「ghost」の存在ですか?
濵本:(上のご質問に加え、)
「midday ghost」では、輪郭を持たない曖昧な存在をテーマにしていますが、人の表情もその一部だと考えています。
常に変容する人の顔の様子も、私にとっては真昼の幽霊のひとつです。
また、思い出そうとすればするほど、その人の顔のディテールが曖昧になっていくことがよくあります。
そういった不完全な記憶や認識を、このポートレートで表せたら良いなと思っています。
sha:写真集を普段ご覧になりますか? 最近の(もしくは今までの)なかで印象的に残っている写真集がありましたら、教えてください。
濵本:Sophie Calle『Because』
写真集はビジュアルが先行するものであり、鑑賞者が受動的になるものだと感じていましたが、
彼女のこの作品は鑑賞者を能動的にさせる作用があります。
言葉を用いて写真を想像させることや、袋とじからプリントを取り出す際の動作により、没入感が生まれていると感じます。
一冊の本から撮影時の情景や、この作品の展示風景など、さまざまな空間が立ち上がります。
本における奥行きについて常々考えていたので印象に残っています。
sha:影響を受けたアーティストや作品はありますか?
濵本:山﨑博さん。
彼の、ランダムに露出を変えて撮影する手法や、複雑な多重露光を繰り返し、「人の目に写るものとは違うもの」を生み出そうとする姿勢から、影響を受けていると思います。
彼は写真について、「無責任でべらぼうに楽しい」と仰っています。
フィルム撮影は、結果について予想ができず計算外のことが起きるからだそうです。
「何も写っていなくとも、そのことも含めて世の中に一つしかない写真」という言葉も印象的でした。
それまで私は、鮮明に写った写真にばかり目を向けていましたが、彼のこの言葉に触れてから自分の写真を見返すと、
今まで何気なく見過ごしていた写真から発見があったりしました。
山﨑さんは多重露光撮影のことを、ビル・エヴァンスの「convesation with myself」という3重録音にて制作されたアルバムになぞらえていて、とても粋な解釈だなと思いました。
エヴァンスは私が一番好きなピアニストでもあるので、嬉しかったです。
sha:進行中の新しいシリーズはありますか?
濵本:「midday ghost」の続編のような作品を制作しています。
巡回展で全国を車で移動し、撮影を行いました。
一冊の本から生まれた新しい繋がりや景色を何らかのかたちでアウトプットしたいと思っています。
「VANISHING POINT」
この作品は、拡大鏡とiPhoneを用いて撮影しています。
私にとってフィルム以外での初の写真作品です。
今年10月にインスタレーション展示をした際のステイトメントです。
「"入眠時心像"というものをよく見る。
眠る前、目をつぶったときに見える映像のようなものだ。
夢とは違って、感情が伴わず、自分の意思でコントロールすることができない。
自分の言動をまったく予測できないのでとても面白い。この"入眠時心像"に関しての作品をつくろうと思い立ち、友人にインタビューを始めた。
が、同じような体験をしている人がいなかったため今回は夢体験をテーマにしてインタビュー・制作を行うことにした。
①最近見た夢や、印象深い夢体験について、友人にインタビューをする。
②カメラロールの中からその夢の景色に近い画像を探して送ってもらう。
(わたしは、夢は一度どこかで見聞きしたことのあるものが元になっていると考えているので、カメラロールからという指定をした)
③送ってもらった写真を引き延ばしてプリントアウトする。
④それを、拡大鏡を用いてiPhoneで再撮影する。
⑤撮影したものを大きく引き延ばして印刷し、再配置する。すでに出来上がっている一枚の写真を再撮影して分解し、再配置することで、
"一度どこかで見聞きしたことのあるもの"たちが、いっしょくたになり、文脈のなくなった映像群である"夢"の可視化に試みた。
拡大鏡を使い、写真の細部を覗きこみながら撮影することは、誰かの夢の中に入り込んでいるような感覚になった。また、カメラロールの中の一枚の写真がデジタルとアナログとを横断しながら大きくなったり縮んだりするこの工程は、まるで夢の中で起こる時間の伸び縮みのようだと感じた。
VANISHING POINT Kanade Hamamoto
この作品は、未だ制作中です。
夢を見る方、入眠時心像を見る方、あるいはまったく夢を見ない方、お話聞かせてください。」
今後この作品は、「ボムる」と呼ばれる展示方法など、即興性やパフォーマンス性のある展開をしたいと思っています。
つい先日、巡回展で香川に出向いた際、廃墟を見つけたので香川滞在中に撮影した写真をコンビニで印刷し、即席の展示を行いました。
「autonoetic」
現在、東京で行われている展示に寄せたステイトメントです。
「autonoetic [現在に身を置きながらも、過去や未来、事実ではない想像上の状況に思いを巡らせること。]
長い時を経て風化した家の一部、海の荒波に揉まれて丸くなった木片。
その個性豊かで唯一無二の風貌を見ていると、かつての持ち主の輪郭や、物が見つめてきた景色が浮かぶ。
“この物たちはもしかしてこんな景色を見ていたのかもしれない”
物が見せる長い時間の移り変わりと、一瞬を留める写真との、それぞれの時間の織り目。今回の作品では、写真を出力する素材として、海岸に漂着するベニヤ板やトタン、古民家を解体した際に出る古材を使った。
これらの素材の共通点は、“かつて誰かの持ち物であり、ここではないどこかにいた” ということである。」
この作品も現在進行中で、近いうちに古民家をまるまる一棟使って展示をしたいと思っています。
古民家や廃屋に滞在して撮影を行う→古民家を一度解体し、その地で撮影した写真をプリントする→プリントした古材を再構築する、など・・・
このほかにあと数点、未タイトルですが、進行中の作品があります。
自然や風化と共存する、屋外や廃墟での展示に興味があります。
本でも展示でも、五感を使った空間をつくって作品を発表していきたいと思っています。
*Kanade Hamamoto「autonoetic」
会期:2020年11月2日(月)-2020年2月19日(金)
住所:東京都千代田区神田錦町3-22 テラススクエア1F エントランスロビー
Open:8:00~20:00
休館日:土曜・日曜・祝日
入場無料
濵本奏
2000年、横浜市生まれ福岡県育ち。東京・鎌倉を拠点とし、写真を表現の軸に活動。2018年、鎌倉にて初個展「mi-kansei」を開催。2019年、渋谷にて個展「reminiscence bump」、2020年にはOMOTESANDO ROCKET、STUDIO STAFF ONLYにて個展「midday ghost」2会場同時開催。2020年、hito pressより初写真集となる『midday ghost』を出版する。